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脊椎カリエス

私は光線で一命を取りとめた :白子千代子

 私の体験記はとても古いものですが、昭和十九年春、助膜炎にかかり、一度は回復しましたが、二年後に再発し、今度は脊椎カリエスを患いました。一回目は足の付け根に膿がたまり、次は右の脇腹にたまりました。医者の勧めにより、ギブスベットに寝て、一年半もの間、自宅で寝たきりの生活を余儀なくされました。
身体は痩せ細り、食事はもとより、水も飲めないような状態でした。その時、私は二十三歳で、食べられるうちは生きられる。この若さで死んでたまるかと必死でしたが、次第に水も飲めなくなり、朝、目覚めると、まだ生きていると思う状態でした。
そんな中、知り合いのおばさんが、光線療法を知り私にもどうかと先生にお話してくれて先生は、そのような病気にも、はっきりと効果があるとおっしゃって下さいました。昭和二十三年の一二月二十五日からです。先生自ら、光線治療器を自宅まで持ってきて下さりました。そして『そんな寝たきりにしていると死んでしまうから起きなさい』とおっしゃいました。それからは、自らトイレにも行き少しずつ動くようにがんばり、毎日光線をかけました。光線を始めて驚くことに今まで水も飲めなかった者が、なんと、お正月元旦にお雑煮を食べられたのです。さらに、光線を膿が溜まったところや全身に一生懸命掛けました。膿のところは梅干大に赤くなり、かけるたびに、一枚一枚薄皮が剥がれ、ある日、そこに穴があき、ドロドロとした膿が出てきました。その膿も段々と薄くなり、最後にはその穴も塞がってしまいました。
その後病院でレントゲンを撮ったところ、なんと骨は医者も驚くほど不思議と固まってきているとのことでした。
私は、光線で奇跡的に一命を取りとめたのです。その後も、光線を五年かけ続けました。。その時はもう二十八歳になり、私には青春もなかったとよく言ったものでしたが、光線のおかげで、その翌年に結婚できるまで回復しました。 今、私は七十八歳になりましたが、今でも光線を毎日掛けています。とても元気に日々を送っております。これまでにも、色々病気をし、現代医学にもお世話になりましたが、、私には光線が一番の治療法でした。日々元気で過ごせる今の幸せがあるのは宇都宮義眞先生と光線のおかげと、心より感謝致してお
ります。これからも生涯、光線は離せません。
現在の体験記にはなりませんけど、こういうこともあった事を御一読頂ければと思い筆を取りました。

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